染井吉野桜発祥の地 東京都豊島区駒込二丁目親和会


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●染井吉野桜記念公園

染井吉野桜記念公園   JR駒込駅北口を出てすぐの公園。
 染井吉野桜発祥の里を記念して、整備されました。
 毎年春に桜祭りがあります。
 この公園の地下は駐輪場になっています。

 東京に都電が走っていたころは、この場所は都電の車庫でした。

●子育地蔵



2006年にお堂が新しくなりました。
 
江戸時代より農民の素朴な信仰で引き継がれているもので、日光御成道に面し、妙義坂、つかまん等もあり、往時がしのばれる。
二少女が刻まれている石塔は戦前消防自動車の事故にまきこまれた仲よし二少女のもの。
(右解説は、「広報としま 平成16年8/5号」より。お堂が新築される前の写真です。)
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●大国神社


(大国神社の桜 2004年)
大国主命が祭神。
古い地図にも大国師大島とでている。
身体が弱かった徳川家斉(いえなり)が信心。後に第十一代将軍になったことから、出世大国、日の出大国とも呼ばれている。
木彫りの七つの大国神があり、大黒天像の福運があるとされている。
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●太田道灌も戦勝祈願した 妙義神社

文明四年(1472)道灌が豊島氏の平塚城(北区)攻略を前に戦勝祈願している。
昔は稲葉山とも呼ばれ、祭神は日本武尊、高産霊神(タカムスビノカミ)、神功皇后、応神天皇の四祭神。
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●染井霊園

二葉亭四迷、高村光太郎、岡倉天心など有名人のお墓があります。
江戸時代にはこの付近に植木屋が多くあり、染井吉野桜発祥の地とされる。

水原秋桜子の墓
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●山手線の踏み切り

駒込-田端間に、山手線唯一の踏み切りがあります。
電車が目の前を通り過ぎる瞬間は迫力があります。
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●藤林山 西福寺

徳一大師の作で駒込にあるお寺で西福寺と福寿院を除いては、みな他より移転してきたもので、それだけに歴史は古い。
徳川八代将軍吉宗に特に可愛がられ、”樹仙”と云われた伊藤伊兵衛政武(宝暦七年・1757没)の墓がある。
六地蔵や樹仙の「地錦抄」「花檀大全」(享保四年・1719〜1733)の古文書があり、狂歌人蜀山人の色紙などがある。
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●駒込中学校

(ホームページ http://toshima.schoolweb.ne.jp/komagome_j/)

昭和27年9月30日
  豊島区立大塚中学校より分離、開校(開校記念日)
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●駒込小学校

(ホームページ
  http://toshima.schoolweb.ne.jp/komagome_e/ )


大正6年9月15日 仰高東尋常小学校を設立。
昭和16年 東京府東京市仰高東国民学校と校名変更
昭和21年 仰高国民学校廃校に伴い、同校を併合
昭和22年 東京都豊島区立仰高小学校と校名変更
昭和24年 豊島区立駒込小学校設立(仰高東国民学校跡地)

駒込の地は、ソメイヨシノ桜の発祥の地です。
校庭にある桜の木は、昭和27年に植えられたものの一本で、
昭和59年に子ども達が「駒桜」と命名したものです。
駒込小の子ども達は、この桜に見守られて育っています

平成9年10月 創立80周年記念行事の航空写真
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●六義園

 「ろくぎえん」ではありません。「りくぎえん」です。
川越藩主・柳沢吉保が元禄15年(1702年)に築園した回遊式築山泉水庭園で、
池をめぐる園路を歩きながら移り変わる景色を楽しむ繊細で温和な日本庭園です。
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●旧古河庭園

洋館とその前庭の西洋式庭園のバラの組合せは絵になります。
池の周りは日本庭園になっていて、西洋式の庭園と日本式の庭園が一度に味わえます。
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●飛鳥山公園

江戸時代から桜の名所として有名です。
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●高岩寺

巣鴨の「とげぬき地蔵」のお寺です。 ⇒戻る
更新 2016.08.16
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